高野山レポート(2)

高野山二日目です。
明日は帰りの時間があるので
ゆっくり回れるのは今日です。
まずは午前6時30分にある朝のお勤めに参加。
加持祈祷でお願いをしてもらいました。
え?何をお願いしたかって?
それはヒミツ(笑)





朝食の精進料理です。
事前にネットで調べた情報で量が少ないと
怒った人がいるとありました。
その方はいったい何を求めていたのでしょうか?(笑)





ご飯を食べたら、いざ出発。
宿坊から坂を下る途中にきれいな朝顔が咲いていました。





町の中央近くにある蓮花院には
名前の如く見事な蓮の花がありました。
いきなりゴールが好きなので
とりあえず奥の院にいきますか〜ということでひたすら歩きました。





すると途中に周りの渋い建物とは雰囲気の違った異国風の建物を発見。
成福院のビルマ塔です。こりゃ入るしかないでしょ。
どうやらビルマ戦没者の方の慰霊塔のようです。
ビルマの竪琴もありました。


おすすめは地下に入れる、名前忘れたなんとかです。
(帰ってネットで調べたところ、たぶん「戒壇巡り」です)
最初本当にまっくらで手すりを頼りに歩きます。
一人だと、ものすご〜〜く心細いです。
そして途中ぱっと明るい仏像が現れるのです。
とにかく一刻も早く出たかったです(笑)
闇は地獄あるいは不明を象徴しているのでしょうか?





ビルマ塔に寄り道した後、歩き続けると
道路わきに高野槇(写真)の出店がたくさんあります。
書道の先生に高野槇は素晴らしいと聞いていたのですが
私ははじめ「高野巻き」という、中がアンコでまわりを
薄いカステラみたいなものでくるくると包んだ
甘いお菓子を想像していました(笑)


店のおっちゃんに聞いたところ高野槇
お墓や仏壇にお供えするものだそうです。
事実このあと訪れた奥の院の無数のお墓には
たくさんの高野槇がお供えしてありました。





そして奥の院に向かう入り口のひとつ
一の橋につきました。
これ以降はカメラを封印です。
一応、御廟橋までは撮影してもいいようなのですが、
これは境界なので私はここまでにします。





とはいえ、何も写真がないので道路脇から高野杉を撮影。
雰囲気だけでもご堪能ください。


途中もメインの山道以外は脇道にできるだけ
入らないようにしました。
法然さんはメインの山道脇にあったので
そのまま手を合わせました。
信長さんや秀吉さんは遠くから手を合わせました。


御廟橋を渡って奥の院弘法大師御廟に到着。
すべてを救うというむちゃくちゃな誓願を立てられ
今もここにおられるという場所についに来ました。





帰り道は行きとは別ルートで帰りました。
英霊殿の水場があまりに綺麗だったので
封印していたカメラを取り出し撮影。
紅葉が沈められ、ほおずきが浮かべてあって
なんとも涼しげです。
英霊殿でも手を合わせてきました。
親鸞さんだけは坊主なのに妻帯されたナイスガイなので
近くまでいってお参りさせていただきました(笑)





そのあと金剛峰寺にお参り。
中に入るのは500円でちと高いのでパスです。
ぶらぶら寄り道して宿坊に戻りました。


デジカメの電池切れで写真は撮れませんでしたが
宿坊の夜の精進料理でひとつ発見をしました。
私の食べている料理と
一泊目の方に出されている料理が違うのです。
そして、一泊目の方が食べられている料理は
昨日私が食べた料理です。
ちなみに昨日より米びつのご飯の量が減ってます(笑)


普通に考えて二種類の料理を用意するのは手間です。
きっと何か理由があるに違いありません。
ご住職に尋ねたところやはり修行の一環だそうです。





そして夜は写経です。
書道は習い始めたばかりで、まだ字を書いたことがありません。
なのに般若心経にトライ。
筆ペンで薄くかいてあるお経をなぞります。
最後に心願を書く欄があり、
はて私の心願とはなんぞや?と迷ったあげく
家族の健康にしときました。
ご住職に聞いたところ初めに心願を決めてから
書くのが普通だそうです。
う〜ん。効果薄いかも?(笑)


さらにさらに翌朝のお勤めで
父方および母方の先祖供養をお願いしました。
ここまでなんのかんのと
うるさい客はなかなかいないでしょう(笑)
これも私に関わったのが運のつきというもの。


ご住職さんも目を白黒させながら
ここまで充実して過ごされる方は初めてですと
いわれておりました。お騒がせしてすみません。
(実は阿字観までお願いしていたのですが
今回はここまででとのことです。おk、次回来ますね(笑)
え、もういや?そんな〜)


高野山は見所いっぱいで、どこも楽しいですが
宿坊の魅力は大きいです。特に朝のお勤めが素晴らしい。
法螺貝のぱおおぉ〜〜〜♪が聞けるのは
修験道に縁のあるこのお寺ならではかもしれません。


以上長々と高野山レポート(2)でした。